佐藤春夫(1892〜1964)の最初の童話集。主に雑誌に発表された短編を14編収録してある。冒頭作は聖書物語であり、標題となった「蝗の大旅行」は、台湾旅行の際、汽車に乗り込んできた麦藁帽子にとまった一匹の蝗から空想を展開し、浪漫主義作家を代表する佐藤春夫らしい筆致で、夢いっぱいの旅行を繰り広げるファンタジー童話となっている。この作品は雑誌『童話』に掲載された後、『幻燈』(新潮社、1921.10.20)にも「童話三篇」として掲載されている。以上のように、本書収録の14作品は、様々な掲載形態を持っている。『幻燈』の「童話三篇」には「蝗の大旅行」のほか、「私の父が狸と格闘をした話」「私の父と父の鶴との話」が入っており、前者の初出誌は『婦人公論』であるが、ここで特記すべきは後者の方で、元々は「わが生ひ立ちー幾つかの小品から成り立つ幼年小説」と題し、『大阪朝日新聞夕刊』に11日間(1919.07.23〜08.02)連載されたものの一部で「頭の赤い鶴の話」(7.30〜31)であった。この「私の父と父の鶴との話」は、その後かなりの加筆修正を経て『サンエス』に掲載された。「わが生ひ立ち」と記したタイトルのとおり、春夫自身の幼いころや父と触れ合った思い出が元になっており、その系列に属する本書収録作品では体験記的要素が強い作品群として「一ばん古い記憶」「たからもの」があげられる。『童話』などの児童雑誌に発表された作品は「おもちゃの蝙蝠」「鸚鵡」「蝗の大旅行」「実さんの胡弓」らがあるが、雑誌掲載時には、大正期を代表する童画家・川上四郎、清水良雄などの挿絵が付され、本書とはまた異なった雰囲気をもっていた。
1971年ほるぷ出版より復刻版が出た。 |