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 農民作家として知られた加藤武雄(1888-1956)は通俗作家に転向し、やがて少女小説の世界でも絶大な人気作家となった。その代表作の一つが「君よ知るや南の国」で、最初『少女画報』に1925年4月から連載し、月岡夕美の挿絵と共に少女達に歓迎され、翌1926年8月には大日本雄弁会講談社より短編集として出版されたのが本書である。加藤は大日本雄弁会講談社の『少女倶楽部』創刊時からのメンバーであったため、同社から出版となったのだろう。発売後5年の1930年2月には42版を数え、1935年4月に改版されると、これも1937年4月に18版と延びた。また1948年8月には、蕗谷虹児の新たな装幀・挿絵で妙義出版社からも発刊されるなど、戦前から戦後という長期にわたり読者の心をつかんだ。なお、初版の装幀・挿絵は須藤しげるで、改版は須藤のほか、加藤まさを・蕗谷虹児が加わった。いずれの版も、憂いに満ちた少女の美しい挿絵が物語の雰囲気とよく合い、抒情的な雰囲気をかもしだしている。
 「君よ知るや南の国」は、幼い頃に声楽家の母を亡くした少女が父をも失い、万策尽きたときに思いがけなく救いの手が現われ、やがて成功と愛情とを勝ち得るという、成功物語である。表題は主人公が歌う大正期から愛唱されたオペラ「ミニヨン」の一曲に由来する。華やかな音楽の世界を背景に主人公の恋が生まれ、若き日の両親の恋模様も明かされていく。男女間の恋愛が少女小説の題材となることは当時としては珍しく、読者の少女が胸をときめかせて読んだことが想像できる。所収作品は全て若い女性の恋物語である。兄とも慕う身近な人をやがて男性として恋するのだが、「君よ知るや南の国」が幸せな結末を迎えるのに対し、他の三作品「泥濘」「約婚」「姉」は切ない結末で涙を誘う。加藤は、自序で「最高の芸術的良心を致し」たと自信をもっており、更に「単に少女小説としてのみ読み過ごして貰い度くない」と述べている。成人の読者の鑑賞にも堪えられるとの自負であろう。
 1935年の改版では「泥濘」「約婚」「姉」の三作品は採られず、「姉妹」「日は大空に」「愛犬物語」「二度目の誓」の4編が収められた。恋愛の要素は作品の背景にすぎず、主人公である女学生と家族や周囲の人々との行き違いやめぐりあいから、家族の絆や友情を描いている。この結果、読者対象は低年齢化したと言えよう。いずれにせよ、少女のひたむきな心を描いた美しい本は、大正末期から昭和の暗い時代に幅広い年齢の少女達の大切な宝物だったのである。

[解題・書誌作成担当] 小野由紀