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 宮沢賢治(1896〜1933)の第一童話集にして、生前唯一の童話集。本書刊行直後は、一部の詩人の言及を除いてほとんど批評の対象にはならなかったが、著者の死後、にわかにその評価が高まり、現在では日本児童文学を代表する作品集の1冊とされる。宗教をはじめとして、科学やさまざまな学問・思想に裏打ちされた日本では稀有なファンタジーを、独自の世界観をもって構築したことの功績は大きい。
 出版に際して作成された著者自作の「広告ちらし」によると、本童話集は「その十二巻セリーズの中の第一冊で、先ずその古風な童話としての形式と地方色とを以て類集したもの」とある。しかし、結局刊行されたのは本書一冊のみであり、これに続く童話集が出版されることはなかった。また、本童話集には「イーハトヴ童話」との名称が冠せられている。「イーハトヴ」とは、「ドリームランドとしての日本岩手県」(前出「広告ちらし」)と著者はいうが、当時の東北・岩手の厳しい現実を、何とかドリームランドにと願う良心に目覚めた賢治の姿をそこに認めることができよう。
 表題作「注文の多い料理店」は、都心より狩猟に来た二人の若い紳士が山奥で道に迷い、忽然と姿を現した西洋料理店に入るが、その店主である山猫に食われそうになるという話。虚栄心に充ち満ちた紳士を揶揄的に描き、他の生き物の命を奪うことを単なる遊びとしか考えない姿勢に痛烈なしっぺ返しを行っている。本表題作のほか、全9編を収録(いずれも本書が初出)。
 自費出版とも言われる初版が1000部(推定)。重版はなかった。初版時の紙型が保存されており、これを用いて1947年10月に杜陵書院から『注文の多い料理店』(B6版並製本)が出版された。ただし、本文はほぼ生かされたものの、「烏の北斗七星」は全文削除されていて、それはGHQによる検閲の影響かも知れない。なお本文をのぞく表紙等は初版時のものを踏襲していない。また、1972年に「名著復刻全集近代文学館」の1冊として完全復刻本が出た。

[解題・書誌作成担当] 竹内長武