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 有本芳水(1886〜1976)の最初の少年詩集である。芳水は実業之日本社で1912年から雑誌『日本少年』の編集に携わり、みずから少年向けに抒情的・感傷的な旅の歌を書いて同誌に連載し、絶大な人気を博した。それらの連載した詩と、雑誌『新声』に投稿した作品等をまとめて2年後に刊行したのが、この『芳水詩集』である。
 序に「ただにすぎ去りし少年の日の記念とし、かつはそのかみの思ひ出をしのぶよすがせば足らんのみ。」「人生は旅なり、ああわれは旅人なり、さらばいつまでもかく歌ひつづけむ。」とあるように、懐古と旅愁を主題とする七五調の文語定型詩が主流を占めており、全127編を5章に構成してある。最初は「旅より旅へ」という章で「粉河寺」から「大和めぐり」までの18編。これはすべて『日本少年』に掲載したものである。第2章は「思ひ出」で、「倉」から「銀時計」までの幼児期を回顧した37編、第3章は「漂白」で、「浪」から「母の腕」までの『新声』への投稿時代の作品56編、第4章は「ふるさと」で、「浜の家」から「明日は天気ぢや旅立たしやんせ」までのわらべ唄風のあそび唄11編、最後に「わが来し方をみかへれば」と題したナポレオン一代記5編となっている。
 「馬の背にしてかへり見る/春暮れ方の紀伊の国」と始まる本書は、発売後たちまち少年少女を魅了して、たいへんな売れ行きとなり、3年に満たぬ間に23版を重ね、最終的には300版近く版を重ねたと言われている。芳水はこのあと『旅人』『ふる郷』『悲しき笛』『海の国』と詩集を次々と刊行し、いずれも好評であった。
 同じく実業之日本社で編集に携わった星野水裏は、雑誌『少女の友』に少女向けの口語詩を発表して人気を集め、芳水よりも早く詩集『浜千鳥』(1911)を世に送り出した。『芳水詩集』は、この『浜千鳥』とともに近代における少年少女詩の起点となる詩集である。
 第41版の復刻版が、1960年に実業之日本社から、また1996年に大空社から刊行された。

[解題・書誌作成担当] 畑中圭一