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 1910年代に多くの少年たちを魅了したのが本書で、立川文庫というシリーズの中の一冊である。立川文庫は、1911年から1925年にかけて、大阪の出版社、立川文明堂から出版された約200冊の小型本のシリーズである。第1編『一休禅師』第2編『水戸黄門』などの実録本や講談でおなじみの武勇伝、剣客物語、敵討物語、「ロビンソン漂流記」のような外国種まで、幅広い題材を扱っている。大正期に少年時代をすごした世代には、忘れられない読書の楽しみを与えられたシリーズであった。
 第40編『猿飛佐助』の主人公佐助は、信州鳥居峠のふもとに住む郷士鷲尾佐太夫の息子で、忍術の大名人、戸沢白雲斎のもとで3年の修行の後、真田幸村に見出され猿飛佐助の名を与えられる。こうして真田幸村の郎党になった猿飛佐助の活躍が始まる。しかし、猿飛佐助の忍術はでたらめに近い空想の術で、足立巻一は立川文庫の『猿飛佐助』において、忍術説話の質的変化が生じたとしている。立川文庫の人気は『猿飛佐助』の出版で沸騰し、さらに日活京都撮影所で制作された牧野省三監督の忍術映画で増幅されて、忍術ブームとなって全国に広がる。この人気を受けて、立川文庫は猿飛佐助を初めとする忍術名人が登場する同趣向の作品を立て続けに出版した。
 なお『猿飛佐助』初版には神奈川近代文学館所蔵の異本がある。その異本の表紙は緑色、12.6×8.5pで、奥付には「大正三年二月十五日発行」「編者 佛山樓主人」「印刷者 山田千之丞」、「定価金貮拾五銭」とありその上に「参拾銭」の印が押されている。また本書の組は35字×12行だが、異本では36字×13行で作品は全232ページ、立川文明堂の住所・編者名・印刷者名が異なっている。1971年ほるぷ出版から出版された復刻版は、神奈川近代文学館所蔵をもとにしている。1974年講談社からも復刻が出た。

[解題・書誌作成担当] 畠山兆子