表紙 本文 挿絵

(画像をクリックすると大きな画像をご覧いただけます)
 愛子叢書の第2編として、島崎藤村著『眼鏡』(1913.2)に続いて出された。叢書の刊行趣旨は「親が可愛い我が子に読ませる最善最良の読み物を出版する」ことにあり、一流の文壇の手による書下ろしを意図したものであったようであるが、広告に名のあった漱石・虚子・抱月の執筆はない。叢書の装幀などは第1編は版画で当時一世を風靡した名取春仙、第2編は川端龍子、第3編は竹久夢二といった画家たちであった。川端・竹久は実業之日本社が出していた雑誌『日本之少年』の表紙絵を描いていた。
 田山花袋(1872〜1930)の児童向けとしては、本作品は『池大雅』(博文館、1899.11)に次ぐ少年の成長を描いた第2作と言える。主人公・静雄に投影されるその姿は時として、花袋自身の少年時代と重ね合わせることができ、2ヶ月後に発表した「幼き頃のスケッチ」(『椿』忠誠堂、1917.5)に見え隠れしている。しかし、花袋の自伝でないことは、母一人子一人という設定からも明確であり、ここに物語の虚構と真実が如実に顕れている。殊に静雄の幼い頃の生活背景のモチーフとしての沼が、その神秘性を巧みなまでに少年心理と絡ませながら描いてある。14歳で上京するまでの田舎生活の描写は自然主義作家ならではの筆致といえよう。物語の終盤は汽車に乗った「小さい鳩のやうに眼を丸くし」た希望に満ちた静雄である。しかし、そこで物語は終わらず、作家は心憎い演出をした。数行の空白のあと、「その鳩のやうな丸い眼をした、静雄ッていふ子は誰れ?」と。親が子どもに語って聞かせるラストシーン。書名の持つ意味がここで明らかにされる。そして本の最初のページに戻るとそこには「花袋先生とお子さん」の口絵写真。この愛子叢書の共通でもあり特色でもあったのが作家と子どもの口絵写真であった。
 発行3ヶ月後の『早稲田文学』1913年5月号の「新刊書一覧」では「在来のお伽噺以外に、小供の読物の新らしい、価値のある領土が出来た」と上々の書評。この叢書5冊は1922年4月に改版され、竹久夢二の装幀で函入り(葉の地模様、全冊同一)無地ジャケットつき、表紙絵は竹久が新たに描き、リニューアルがなされ宣伝効果もあり、改版翌月には再販されるという人気の書。その時、本書は『小さき鳩』と改題された。1974年ほるぷ出版より復刻版が出た。『田山花袋研究』全10巻(1976〜85年)で、小林一郎も「『小さな鳩』は、花袋文学の中の逸色」と評価する。

[解題・書誌作成担当] 森井弘子