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 本書は標題にアンデルセンの名をつけた最初のアンデルセン訳書である。もちろん本書以前にアンデルセン童話の訳はあって、「諷世奇談」という角書をもつ在一居士訳『王様の新衣裳』(1888年)などの単行本が知られているところであるが、標題に「アンデルセン童話」(本書では「お伽噺」ではあるが)と銘打つきわめて初期の本である。つまりより広くアンデルセンを知りたい、知らせたいという意志の現れと思われる。
 約350ページに20編を収めたこの童話集は、「みにくいアヒルの子」「皇帝の新しい着物」「マッチ売りの少女」などの代表作を収めていて、アンデルセンの全容のおおよそを提供したと思われる。諸星寅一(生没年不詳)は次のように出版の意図を述べる。
「奔放快活の点に於てグリムが貴いならば、温籍典雅の趣に於てアンダアセンは得難いものである。さうしてグリムや、イソツプやアラビアンナイトや、名高いお伽噺は大概已に翻訳されてあるが、まだアンダアセンを見ないのは甚だ遺憾である。蓋しアンダアセンのお伽話はいたく感情的であるが、併しそれも一利一害で、アンダアセンの極可愛げな趣味や、極繊細な感情や、玩具や草花を使つて巧みに人生を説き、うまく教訓を施す話振やなどは、文学の上には勿論、実に教育上に於てさへも貴重なる宝である。訳者は是等の考に唆かされて筆を執つた次第であるが、若しよくこの小冊子に依つて児童の心に、そが高い感情の響きを伝へることができるならば、訳者の労は徒爾でない。蓋し趣味性の苗は少年時代を措いて、何れの時にか善く之を心に植ゑよう。(後略)」
 ここに記されている情的、人生を象徴的に描くのがアンデルセン、というとらえた方は、その後に出てくる『アンダーセン/原著|教育お伽噺』(和田垣謙三・星野久成訳、1910)、『アンデルゼン物語』(内山春風訳、1911)、『安得仙家庭物語』(上田萬年訳、1911)、『新訳/解説|アンダアゼンお伽噺』(近藤敏三郎訳、1911)にほぼ共通していて、この頃に日本におけるアンデルセンのとらえかたの原型ができたといえる。

[解題・書誌作成担当] 竹内長武