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 教科書会社として著名な金港堂書籍の刊行した物語叢書の最初の一冊。金港堂は、1902年に雑誌『少年界』『少女界』を発刊、さらに、「金港堂豪傑噺」「金港堂修身噺」「お伽噺十二ヶ月」など各種児童書の叢書を刊行し、子ども向けの出版に乗り出した。「金港堂お伽噺」もそのひとつである。
 「金港堂お伽噺」は、50冊以上刊行されるという規模の大きな叢書である。しかし、作家、画家に不明の人物が少なくないことや、叢書に巻号等が付されていないなど、安易な姿勢が感じられる。造本も、小型で薄く簡易である。しかし、そのため価格は3銭(本により異なる)と安価であり、広く普及する要素をもっていた。ちなみに同時期の巌谷小波編「世界お伽噺」第1編は10銭であった。内容は平易で中低学年向きのもので、お伽噺が、低年齢層にも広く親しまれていくのに大きな役割を果たしたと考えられる。
 梗概を記すと、主人公は幼い男の子の文夫。ある日、文夫が、月毛という白馬に、「花の山」へ行きたいというと、月毛は、体を縮めて乗れるようにしてくれる。「花の山」では、庭を荒すからと馬は入れてくれないが、月毛はさらに縮んで文夫のポケットに入る。ゆっくり見物して花を手折り、大きくなった月毛に乗って帰ってくる、というもの。安易さはあるが、子どもの願望を描いたところが、読者に迎えられたと思われる。
 現在のところこの叢書の最も早い発行年月日は、1902年5月30日であり、この日付を叢書のスタートと考える。この日付を持つのは、『ひばりの智慧』(桂園)などのほか、本書を入れて全部で7冊ある。一度に出たものであろうが、同時代には、叢書は1冊ずつ刊行されるのが通例であったから、変則的な扱いである。
 武田仰天子(1854〜1926)は、少年文学には『二代忠孝』一冊のみを残したけだが、このシリーズには4編が確認されており、本書はその最初である。叢書への執筆は、後に雑誌『少年』などにお伽噺を多数発表していく契機になったと思われる。表題「お馬どうどう」は「どう○○」の○○の箇所がおどり字になっている。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則