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 高山樗牛(1871〜1902)の数少ない少年向作品中、「著者が聊か創見発明の自信を有せし者」(樗牛全集第三巻序言)と言われる代表作。  博文館が好評続刊中の日本人伝記叢書「少年読本」の姉妹編として刊行した外国人伝記叢書の第一編。博文館が当時総合誌『太陽』の文芸欄に主筆として活躍していた樗牛にこの叢書の企画立案に協力を求めたため、樗牛は各分野の専門知識を有する東京大学出身者を執筆者として選び、哲学科出身の自分は釈迦を担当した。  執筆に当っては、親友姉崎正治の「有益な助言」を得ながら東西の文献を入念に検討し、在来の伝説を一概に否定することなく、「怪奇信ずべからざる事譚」であっても、「釈迦の真精神を会得するに於て、多少の縁と為り得べき」(「序」)ものは採用し、当時のインドの社会状況下における釈迦の「真伝記」を描こうとした。絵の依頼を受けた新進気鋭の日本画家下村観山も、師・橋本雅邦譲りの麗筆をふるって、表紙画挿絵共に樗牛の期待に十分に応える細密画を提供した。  その結果、刊行間もなく取上げた「史学界」は、まず「仏教の開祖釈迦は実に婆羅門に反対して起れる革新者なり」と定義して、その釈迦が「如何なる手段により此革新を断行し、一宗教を開きしか、換言すれば彼の事蹟は如何に演ぜられしかを少年子弟に知らしむるは教育上頗る有益なること」と刊行の意義を認めた上で、本編は「叙事極めて簡明に、文章詩趣に富み、且つ有名なる画家下村観山の密画を挿入しあれば、少年学生に釈迦の真精神を会得せしむるには最も適当な冊子」であると評価した。  青少年読者の反響も極めて大きく、発刊2ヶ月で再版が出、その1年後には早くも第5 版に達するほど好調で、その後も重版が続いた。叢書としては総括者であった渡辺乙羽の急逝により36編で完結となったが、全国の公私立中等学校の生徒用図書として、あるいは各種公共施設等での閲覧用図書として、長く愛読された。

[解題・書誌作成担当] 勝尾金弥