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 「日本昔噺」叢書の第1編で、よく知られた昔話「桃太郎」を著者独自の語り口調で書いたものである  巖谷小波(1870〜1933)がはじめて昔話の再話に本格的にとりくんだものであると同時に、近代的な昔話再話の最初でもある。それまでは、江戸期の流れをくむ赤本類しかなかったので、意義は大きい。口承の昔話を文章化する旨が前書きに述べられている。本文に、「大江小波述」、「東屋西丸記」と記されているのは、速記録の体裁をとってあくまでも語りを書き留めたとする趣向である。とはいえ、昔話の簡潔な語りではなく、ところどころ、講談調の描写がみられるものであった。  どのような話を参考にしたのかについて、小波は前書きで二、三の参考書を参照したと述べている。しかしながら、具体的な文献名は記していない。江戸期の草双紙の類や、いわゆる「ちりめん本」などが推測されているが詳しくは不明である。  本書が刊行された1894年は、日清戦争勃発の年で、民族意識が高まっていた時期である。作者も含めて人々の関心が、民族の遺産である伝承説話へと向いたとしても不思議ではない。「日本昔噺」シリーズが好評だった理由のひとつには、こうした社会的背景があった。桃太郎は、小波の理想像であり、『桃太郎主義教育新論』(文賢館、1932)などの教育論を残している。  後年『改訂/袖珍|日本昔噺』(博文館 1908)を刊行した時に、講談的描写文体を語りの文体に改め、仮名遣いも表音式表記のいわゆる「お伽仮名」に変更した。1971年臨川書店より復刻版が刊行された。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則