>
表紙 本文 挿絵

(画像をクリックすると大きな画像をご覧いただけます)
  『こがね丸』に先行する文学的教育読物。全5冊。首巻には、審査員の審議書等が掲載され、巻一〜四が作品となっている。各巻の表紙は、茶色、桃色、草色、黄色、黒色と色分けされていて、本書はその第1巻。1889年大日本教育会が、「少年書類」として子ども向けの読物を懸賞募集したさいの入選作で、著者・三輪弘忠(1856〜1927)は教員で、作品は本作のみを残した。  募集要項では、読者対象を小学尋常科一年級を終えた程度であることや、刻苦勉励して立身出世した者の事績など、いくつかの条件を提示しており、本書は、それに沿っている。首巻の「編纂ノ要旨」で、審査員の批評を踏まえて訂正するとともに、実際に子どもに読み聞かせて反応を確かめ、また、文体についても読み易さに工夫したとも語っている。現実の子どもに即した方法は、同時代にあっては注目すべきであろう。  作品内容は教訓的な側面が強いのは当然として、物語展開は起伏に富んでおり、筋を追う面白さがある。その点に限れば、文学的読物といえるもので、児童文学の嚆矢とみることもあながち不可能ではない。話は、国吉という子どもが主人公。国吉の飼っていた犬を金満家の息子で乱暴者の虎吉が殺してしまう。国吉が犬を埋めたところに植えた桃の木がよく実ったので、虎吉は自分の犬を殺して桃の木を植える。このような説話風の筋で、善悪の対立が描かれる。国吉は、小学校長の文林に援助され、卒業後も働きながら、勉学を続けるが、あまりの無理に大病にかかった時もあった。アメリカに渡る機会があり、そこで電気燈会社に勤める。帰国後は、電気燈会社を興して成功する。身を持ち崩した虎吉を助ける、というエピソードもからめながら、勉学が立身出世につながることを説く。  同時代の評価は不詳だが、再版がでているので、ある程度普及したものと推測される。佐々木邦の尋常小学生の頃の回想に、教師が本書を推薦するエピソードが語られているが、本書成立の経緯から教員を通して子どもに受容されたかと推定される。  首巻初版の見返しには、「鬼頭書屋蔵」とあるが、第1巻は、「江島書屋蔵」、奥付に「売捌所 椀屋 江島伊兵衛」とある。版心は、初版2版とも「鬼頭蔵梓」、奥付の発行者兼印刷人も「鬼頭平兵衛」で同一である。出版元の鬼頭平兵衛の本店は名古屋にあり、三輪が愛知県人であったため鬼頭を版元にしたと推測される。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則