表紙 本文

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 グリム童話の絵本として最初期のもので、「狼と七匹の子山羊」を我が国に紹介した最初の絵本である。
 版元の弘文社は、外国人への土産物としてちりめん本を出していたことで知られる。本書が、ちりめん本の体裁をとらなかったのは、国内向けだったからだと思われる。
 著者呉文聡(1852〜1918)は、統計学者として知られるが、どういう経緯で本書を著すことになったのかは不明。「西洋昔噺」叢書の第1編として出されたが、この1冊だけで終ったといわれる。しかし、呉の娘の回想からは、他にも存在した可能性がないわけではない(呉建編著『呉文聡』、1920)。
 グリムの原作と比較すると異なるところがあり、ドイツ語から直接翻訳したのではなく、英訳本からの重訳だったらしい。呉自身も英語の方が得意だったようであるから、十分可能性はある。
 江戸期の赤本を思わせる体裁であるが、挿絵などは西洋の雰囲気が濃厚で、2年後に出た上田万年『おほかみ』が日本的だったのと対照的である。仕掛けは2か所にある。一つは、狼が家の戸のそばにいる場面で、戸を描いた紙片が横にめくれるようになっている。めくると家の中に山羊がいる。もう一つは、狼が寝ている腹を鋏で切り開くところで、紙片をめくると、山羊たちが腹から出ようとする場面になる。このような仕掛けはすでに江戸期にもみられ、新しいものではないが、子どもを楽しませる工夫として採用したのであろう。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則